尊敬するのは「人」ではなく「部分」

私には「こういう人になりたい!」と自分を変えるきっかけになった先輩がいます。

なのでその人に

私は思ったこと全部言っちゃうから『嫌になって縁を切る』ってことがない

と言われて、それが「正解」で縁を切るのことは悪いことであり自分の弱さなのだと感じていました。

違った!

でもそれは性質(考え方)の違いだから別に罪悪感を感じることではない。

罪悪感の正体は、おそらく縁を切ること自体ではなく、相手に伝えないことへのモヤモヤでしょう。

これまで我慢してきたし、切られる原因があるのは相手の問題だし、恋人みたいなどうしても関係を続けたい相手なら伝えるべきだけど、そうでないなら特段伝える必要はない。これ以上自分が消耗する必要もない。

だから、伝えるのは私の役割じゃない、と思うことにしてます。

先輩みたいに何でも言える人がその役目を持ってるかな、と。

このように考え方が違ったとしても、それだけで先輩が「尊敬できない人」に変わるわけではありません。

私は先輩のメンタルの強さの「部分」や「人柄」が好きなので。

盲目に全てを信奉してしまうと、何かのきっかけで反転アンチになっちゃいますからね。

人付き合いにも0/100思考は持ち込まない方が楽なのです。

respect_the_parts_not_the_person

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